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【アラベスク】  第6章 雲隠れ (前編)



第2節 休み明け [11]




 名乗り、ポンッと机を叩く。
「ちょっと探し物をしててね」
「他人の机の中を?」
 その言葉に、ニッコリと笑う。
「エロDVD」
「えっ!」
 澤村はカラカラと笑う。
 この少年、己の置かれている立場や、やっている事を理解しているのだろうか? こんなに爽やかな笑顔で白状する内容でもないだろう。
 少し掠れた低めの声が、耳に残る。
 呆気に取られる美鶴を尻目に、澤村は軽い物腰で机から降りる。
「今日貸してもらったDVDなんだけどね。手渡された時にちょうど先生が教室に入ってきて、咄嗟にこの辺りの机の中に滑り込ませたんだ。どの机だったか覚えてなかったから、誰もいなくなってから探そうと思ってね」
 先生が教室に入ってきた時? と言うことは、美鶴が慌てて部費を机の中に突っ込んだのと、ちょうど同じタイミングだ。
 そんなの気づかなかった。私の机じゃないんじゃない?
 だが澤村は、怪訝そうな視線に臆することなく、再び美鶴の机の中を覗き込む。そうして、少し目を大きくして手を突っ込んだ。
 チラリと美鶴へ視線を投げる。
「あった」
 言うと同時に引き出した手には、茶色い紙袋。たぶん、本屋かその類のモノだろう。
 澤村は、袋の中にズルリと右手を突っ込み、中身を取り出した。
 毳々(けばけば)しいパッケージ。
 何も悪いことはしていないのに、どうしても視線を泳がせてしまう美鶴。
 そんな態度に目を細め、それをスルリと自分の鞄の中へ納める。そうして、何事もなかったかのように片手をあげた。(おもむろ)に美鶴へ近寄る。
「二人の、秘密な」
 耳元で囁き、あっという間に教室を去ってしまった。





 そういう、出会いだった。
 決して好感の持てる印象ではなかった。むしろ、毛嫌いしたくなるような態度。
 なのにその日から、美鶴は気がつくと澤村の姿を目で追っていた。
 サッカーには興味がなかった。だから澤村が小学生の時から注目され、中学入学と同時にレギュラーを獲得している生徒だとは知らなかった。
 同級生や他学年の女子にまで好意を抱かれている生徒だと知ったのは、五月に入ってからだった。
 普段の澤村は、実に爽やかで清々しく、サッカー少年という言葉がピッタリだ。
「サッカーやる女の子? 嫌いじゃないよ」
 負けず嫌いの女子に詰め寄られても、不機嫌な顔一つしない。
「スポーツに男女なんて、あんまり関係ないよ」
「でもやっぱりサッカーの場合、男子の方が優遇されてる。それにさ、なんでもできる子はいいわよね。周りにちやほやされて」
「そうだね。僕がサッカーやってられるのは、周りのお陰さ。みんなが助けてくれるから、僕はサッカーを続けられるんだ」
 ベリーショートの女ッ気ゼロに向かって、屈託なく笑う。
「君にような存在も嬉しい。女の子でもそうやってサッカー頑張ってくれる子がいると、こっちも『がんばろうっ』って気になれるから」
 僻むこっちがバカみたい。そんな謙虚に対峙されたら、認めずにはいられない。
 魅かれずにはいられない。
 元来の甘いマスクと低い声は、相手に好感を持たせるのには十分。加えて澤村という人間は、見かけだけではない。
 サッカー部のエースと呼ばれてもそれを鼻にかけず、誰にでも分け隔てなく接し、明るくて朗らかな生徒。
 二年になったばかりなのに、サッカー推薦の話が出ていた。にも関わらず勉学にも(いそ)しみ、成績も学年上位をキープしている。
「サッカーで生活できたらいいだろうけど、別に僕は、サッカーで稼ぎたいワケじゃないんだよ」
「みんなと一緒にサッカーができれば、僕はそれで満足なんだ」
 優しい微笑みを級友へ向ける。
「君がいなければ、サッカーやっててもつまらないよ」
 その一言で、出来の悪い選手は救われる。
「僕一人では、試合には勝てない」
 生徒からも先生からも、絶大な信頼と好感を持たれる存在。
 そんな、どこから見ても非の打ち所のないと思われる彼の姿に、初対面の光景が重なる。
 言葉を失う美鶴の姿に、プッと噴出して笑う愛嬌。

「二人の、秘密な」

 少し掠れた声に乗せて、耳元で囁かれた言葉。思い出すたび、背中がゾクッと寒気を感じる。
 それなのに、あっという間に虜にされた。
 それでもしばらくは、無自覚だった。







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